コミュ障こそ海外に出たほうがいい理由

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高校時代、僕自身かなりのコミュ障の部類だったと思います。クラスでいけてない部類である第3軍でした。男子校だったので女子との関わりもなく、クラスの1軍と話すことさえ緊張してうまく話せないほどでした。そんな僕は高校卒業後、アメリカの大学へ進学しました。人とうまくコミュニケーションも取れないのに、アメリカへいって大丈夫かな?と当時は思ったものです。今は日本に戻ってきて普通に働いていますが、本当にアメリカは行ってよかったと思っています。

キーワードは同調圧力からの解放。
日本社会っていうものは、同質性が求められる。同じ教育を受け、同じ答えが求められる。日本が単一民族っていうのも影響が大きい。学校でも仕事でも例外を許容する方法を知らないのだ。コミュ障はそういった枠にうまくはまれなかった人だと僕は考えている。いろいろ考えた結果の発言でも、まわりからずれていると拒絶される。ずれた発言もその人のキャラが確立されていれば、まだ受け入れられる場合もあるが、そのキャラづくりさえ学生のうちからクラス内マーケティングの結果つくられるものだったりするので、そうそう簡単ではない。
しかし海外では(少なくとも日本よりは)多様性が認められやすい。例えばアメリカは多様性の権化のような場所だ。大きい大陸に国があるので、常に他の民族との交流があるため、他の文化への許容範囲が大きい。他の国でも同様だ。そもそも日本人が海外に出た時点で外国人なのだ。なにが違おうが大きな問題ではない。よっぽどクローズドなコミュニティに行かない限り、日本のように白い目で見られることはないのだ。

そのため日本ではコミュ障でも海外では堂々と自分の意見が言えるというのは、よくある話だ。日本語を話すときと、英語を話すときはキャラが変わる人も多い。コミュ障で自信が持てない人でも興味があれば、是非海外に出てみてほしい。